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【第035号】僕たちの生きる社会は

HOPE会員の皆様
どうもお世話になっております。
コラム担当あさきょんです。
2010年度新年度になりました!

これからも「コラム THE HOPE」をよろしくお願いします。

現在の理事長まとばのコラムも
そろそろ佳境へ移ってきました。

ちょっと今までのコラムにはないテイストのコラムとなってます。

ゆっくりとお楽しみください♪

では、どうぞ!

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どうも!

理事長のまとばです^^

いつもお読みいただきありがとうございます。
8か月、回数にして12回に渡ってお送りしている
このコラムも最終局面に突入しました。

あと僅か。
残された時間で何をすれば一番いいかを考えました。

ずっと走ってきた僕が一番話したい話。
なんでしょうか。

そう。

「これから」論をします。

この間から理事長の枠は月1になっているので4,5,6月であと3回。
全3回にわたって「これから」のおもしろい話をしましょう^^

熱が入るので強い表現があってもし不快な思いをされたらすみません。
そうならないよう気は使ってますので^^

さあ!
おまえら!(笑)

ついてこいよー!

●まとばコラム最終章『これから』第1話〜僕たちの生きる社会は〜●

さて、まず私たちが今生きているこの時代はどういう風な時代なのか。
簡単に、しかも断片的ですが話をします。

「不透明な時代」

てよく言われますよね^^

この時代を形容する言葉として僕がバシッとはまった言葉です。
かなり僕は好きな表現なんですが僕の解釈は「答えのない時代」。

言及すると「答えがあるわけではなく答えを探していく時代」。

もう少し強く言うと
「僕たちの選んでいく道が後世の人たちの今後を
大きく変えてしまう時代」
です。

つまり僕たちが何をするかで
これからの時代が決まっていく。

それはいつの時代にだって言えることです。
だが、今は大きな変革期を迎えてる時だから
当然その意味も計り知れなくデカイ。

人間がはるか昔から経済という側面で発展発展を繰り返してきて
これからは違った発展をしていく時代。

その形がどういったこものなのかはまだはっきりとはわかりませんが
少なくとも今のままでは頭打ちになっていくことは明白です。

こんな話があります。

〜〜〜〜〜〜〜〜

環境用語で「エコロジカルフットプリント」という
おもしろい概念があるんです。

「生活を維持するのに必要な一人当たりの陸地および水域の面積」
を計算して地球の環境容量を割り出すための指標、です。

日本の生活水準だと地球4個分。
先進国・途上国の平均をとった
全世界の生活水準でいっても地球2個半。

そう、現行のままの生活ではもう地球の資源はもたないのです。
それでも生活ができてるのはなぜなのか。

そうです。貯蓄があるからです。

例えば、
毎月 100万円稼ぐ人が貯蓄を600万円持ってたとしても
毎月 250万円のペースで使い続ければ4ヶ月しか持ちません。

毎月 100万円で足りない分の150万円を
貯蓄から使うわけですからね^^

しょこたん風に言うと
「収入と支出のバランス」が合ってないのです。
ご利用は計画的に、ですね。

今の地球の現象もこれと同じ。
それなのに僕たちはついつい呑気な気でいるのです。

それは「普段 感じれないから」だと思います。

問題意識とは「自分のこととして思えるか」というのと同義だと
僕は考えています。
そしてそれが人間なのだと思います。
(別に責めてるわけではないですよ。
性質的にそうなのでこれは仕方ないです。)

自然環境という側面から見てもこのままではもう限界、
だということがよくわかると思います^^

〜〜〜〜〜〜〜

他にも、ネットや携帯の爆発的な普及による
情報過多の現状が招いてる諸処の問題も
僕の中でかなり注目すべき問題だと思っています。

引きこもりやコミュニケーション能力の不足。
スピード、という否応なしに物事を加速させてしまえる力が
逆にやれるべきことを抑制してしまっているとも思えます。

社会力や人間力の低下にも一翼を担っていると思います。
偏った見方をすると人間の潜在的な能力を
頭打ちにしているとさえ思います。

(余談ですがこう言えるのはこんな論があるからです^^
ある人曰く、それはそれらの機器が出す「電磁波」が
人間の能力や機能に悪影響を与えているといいます。
機械は0と1の信号しか出さないから、だそうです。
そして人間はもっと複雑でもっと可能性に満ちているのが
巷には0と1が溢れてしまっているのでそれを阻害してしまう、
のだそう)

情報化社会の否定、ではなくそういう側面も
しっかりと見つめていかねばならない、
ということです。
ネットや携帯がもたらした素晴らしい功績ももちろんたくさんあるし
僕もそういう部分ではバンバン利用してますしね^^

ただ、僕が言いたいのはこのままの発展を続けていくのは
もう限界だということで。

以上これらは端的な切り口からの問題提起ですが他の問題も一緒。
現存する社会問題もかなり抜本的なところが
どうやら問題になっている気がします。

そんな中で世の中はどうなっていったか。

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「民間(企業)」「行政」では担えない部分が顕著になってきた。
その隙間を埋めるためにできた新しい動き(第3セクター)
として今でてきたのが「市民」です。

つまりボランティアやNPO、NGOです。
(※NPOもNGOも広義では言うなれば一緒です^^
ホープはNGOですがここでは同義として捉えてください)

「公益」を行政
「私益」を民間とするならば
「その両方」を担うのが僕たちNPOです。

「社会起業家」とかって言葉最近よく耳にしますよね。
これもまあ同じような動きです^^

(事業によって社会問題を解決しようという動き、です)

そう。
問題は複雑に絡み合っている。
一元的にこれをやれば解決なんてものはもはや期待できない。

そういう動き、がこれから絶対必要になってくるのです。
しかも今までの比にならないほどの絶対量とその効率性が
否応なしに求められるのです。

現行のままでは「限界」だからです。

余談ですが今までの流れとしてはNPOの「量」が増えてきた時代。
今やNPOやってる人なんて
まったく珍しくなくなってきたのではないでしょうか。
(この認識にはやや偏りはありますが。
これも大きな問題です。)

これからは質が求められる。
各々の特に経済的な自立はもちろん、
NPO同士のネットワークを形成し、やれることをやりつつ
つながりを用いてお互いで補填、協力し合う。
そしてコミュニティを形成し大きなパフォーマンスを生む。

これこそがこれからの第3セクターの在り方です。
僕がホープをやっている大きな理由のひとつはここです。

では、そうして多くの人が社会起業的な動きをしていくためには。

さあ先程の話と繋がっていきます。
ここで自分自身の問題意識がめちゃ重要になってくるのです。

そしてこれこそが今の日本に欠けていることです。

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ズバリ。
自分を確立している青年が少ない!

「自分がどういう人間かわからない」
「将来何をしたらいいのかわからない」

そういう人が多すぎるのです。

「チェンジ」でも「考えられる葦」でもその他のコラムでも。
再三にわたって僕が言いたかった部分はまさしくここなんです。

じゃあだめなのか。

違うんです。
仕方ないのです。

問題のすべてを外部化するつもりはありませんですが
僕たちはそういう風に社会に育てられてこなかったのです。

考えてみてください。
例えば就職を決める21歳のときまで。

小学校、中学校、高校。
そしてそのまま流れるように大学。
エスカレーター式に教育を受けてきた中で
「自分」を確立するためのカリキュラムが十分にあったか。
僕はイエスとは言えません。

僕たち青年にとって人生の(例えば21年間の)
大部分を占める要素は教育。
その教育がこれからの時代を担っていくには変革が必要なのです。

教育を受ける僕たちにも問題はめちゃくちゃあります。
だがしかしそれを先導していくためのよりよいシステムがあれば、
という視点で話を展開しています。

どういった教育をしていくべきなのか。
また教育じゃない側面でどうしていくべきなのか。
そして俺はそれを考えた上で何を成していくのか。

まとばが将来を真剣に考えたときに強く思う「べき論」とは。

次回コラムは僕まとばの思う「教育の在り方」です。
あー早く語りたい!

お楽しみに!!

さて、みなさんはどう思われたでしょうか。
「社会起業」とは。
「問題意識は普段感じれないから」なのか。
「本当に限界」なのか。

熱い議論をしましょう^^
意思ある方からの素敵なメールお待ちしてます。

ではまた1か月後。
充実したよい日々をお過ごしください^^

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