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【第037号】教育のあるべき姿

HOPE会員の皆様
お世話になっております。
コラム担当、愛媛のあさきょんです。

皆様GWはどうやってすごしましたか?
私は実家に帰り、STEPに参加しと大忙しでした^^;
忙しかったですが充実したGWを過ごせましたよ^^

さて、まとばコラム最終章。
あと2回でどのような展開が起こるのでしょうか?

それでは参りましょう!

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どうも!

理事長のまとばです^^

いつもお読みいただきありがとうございます。

先日行われたSTEPは大盛況でした。
打ち上げ&ホープ3周年パーティーは最高でした。

「ホープやっててよかった」

おそらくあそこにいた全員がそう思えたんじゃあないでしょうか。

逢うべき人に出逢えることを仕合わせと呼ぶんですね^^

さて、それではコラムのお時間ですよー!

前回に引き続き「これから」論をします。

前回同様、熱が入るので強い表現があって
もし不快な思いをされたらすみません。
そうならないよう気は使ってますので^^

さあ!
おまえら!(笑)

ついてこいよー!

●● まとばコラム最終章『これから』 第2話

〜 教育のあるべき姿 〜 ●●

前回はこのままでは世界はやばくて何とかしなければならない。
そのためになんとかしていく人が必要だから教育が大事だよ、
というとこまでお話ししました。

少し深めさせてください。

このままでは限界、の話ですが、
STEPに講師でいらっしゃってた藤沢烈さんも言っていました。

「 今までは帰属。
村に、会社に、社会に、国に。

これからは独立。
自分に。         」

だそうです。

帰属とは何に。
その団体やコミュニティの掲げるミッションや理念に、です。

では独立、とは。
自分自身のミッションや理念、
言い換えると生きる意味を全うすることです。

帰属という言葉を敢えて使うなら自分への帰属、でしょうか。

(ちなみに「帰属」の対義語はさっと調べたけどありませんでした。
こういうところからもこれから切り開いていく
新時代の匂いはしますよね。ニューワード的な^^
江戸時代後期に「デモクラシー(民主主義)」の訳(概念)が
なかったように時代の節目には新しい概念ができて、
それがしっかりと言葉やカタチに
されるものなのかも知れませんね。)

そうして前回も述べたようにこれこそが大事になってくるのです。

なぜなら超情報化社会が進み、世界が広がり、
自由度が格段に上がったため選択肢が増え、
その分見つめるべき自分のやるべきことを明確にせねば
流されてしまう時代だからです。

このあたりの話は伊坂幸太郎さんの
『魔王』を読めばいいかと思います。
これからを歩んでいくリーダーなら必読です。

そのために、僕は教育を変えていくことが先決だと考えます。
自分を突き詰めるというこのあたりに抜けもれなくアプローチ出来る
最たるものは教育だと思うからです。

さあ、では何をするのか。

簡単に言うと
「自分の生きる意味」や「自分のやりたいこと」をしっかりと見つめ
それに向かって歩き出せる力を持った
若者が増えるような教育をします。

僕は現行の若者が辿っていくフローのシステムに疑問を持っています。

あくまで視野の狭い例ですがご覧ください。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

物心ついたら義務教育、そこで9年間を過ごす。
高校ではセンター試験のための、つまり勉強のための勉強を。
大学ではじめて自由になって
時間をどう使えばいいかわからず持て余す。
そうして3年になったら「就活」という大きなイベントで迷う。

「俺は(私は)、一体何をしたいんだろう」

しかし時間は待ってくれない。
追及するかしないかで卒業し就職。
社会の一部になり忙殺される毎日。
描いてた夢や本当にやりたいことからは遠ざかる日々。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

はっきり言います。これは僕が絶対いやな生き方です。
やや私的な感情が入ってますが
これって現状の僕たち若者の歩んでる道の
かなりいいとこ突いてますよね^^;

本当に誤解のないように言っておきますが
彼らがだめだとは言っていません。
というか僕も大学1年のときまで上のような人間でした。
でもこういう人って結構多くないでしょうか。

だから強く言えるんですが、もう絶対いやです。

こうなる人とそうじゃない人との違い。

「自分のことを突き詰めているかどうか」  ここに帰結します。

全然こういう生き方でもいいのだけだけれど、
ただ自分のやりたいことや生まれてきた意味を突き詰めて
それに向かって生きていく方が楽しいのだと
少なくとも僕は強く感じています。
そして僕はそう生きていきます。
もういやだもの。

で、こういう現状、問題点の大部分の要素を占めているのが
小・中・高の教育だと考えているんです。

少し具体的に話していきましょう。

学生の時に学問だけではなく社会をもっと知れる、
社会にもっと触れれるような教育をしていきます。

選択肢が増えるということは自由度が増えるということ。
しかしそのせいで皮肉なことに不自由になっている。
それって勿体ない。
選択肢の多さをそのまま素晴らしい強みにできるシステムを。

その人の本当にやりたいことや興味を伸ばすようにするために
いろんな経験や学び、いろんな思想や人と
出逢えるような場を創出していきます。

誤解のないように言っておきますが
僕は学問は非常に大事だと思っているし、僕は勉強が好きな人間です。
学問によってかなりの部分の今の自分があると思っているし、
知見の幅や基礎的な学力があるから考えることができ人生を
謳歌することができるのだと確信しています。

だから学問は絶対必要です。

つまり

「 今まで通りちゃんと学問も教えながら、
もっと多くのこと(社会など)に触れ
自分を突き詰めれるような教育を 」

これが僕の求めるこれから当面のあるべき教育の在り方です。

しかしこれらのすべてを現場の先生たちに
お任せするべきなのだろうか。

否、求められるものが大きくなりすぎている今、
現場にいる先生たちだけでは解決するのは
到底不可能(というか可哀想)だと思っています。

これは先生たちのアビリティーの問題ではなく
キャパシティの問題です。
これからは社会全体が教育をしていく時代なのです。

学問や学校生活に関しては教育のプロである先生たちに担ってもらう。
そして社会や新しい視点を外部の人たちが伝えていく。

ここでいう外部の人たちとは
起業の人、行政の人、NPO職員、市民、教授、大学生、
プロスポーツ選手、ジャーナリスト、詩人、旅人、木こり・・・
などなど何でもありです。

「ええ、それで生活できてるんですか!?」
「ええ、今ここに生きてます」
「ええー」

みたいな。

社会を構成するあらゆるパートのいろんな人をお呼びして
いろんな思想や体験を話してもらい、疑似体験をしてもらう。
そこでいろんなエッセンスが得られ、
それはその子の思想となり糧となる。

多様な、かつその子独自の哲学やアイデンティティが確立され、
自分のこうありたいという姿がイメージできる。

こういう体験こそが小・中・高の多感な学生時代に
最もやっておくべきことだと強く感じています。
し、余談ですけどもっともっとこういう教育が
僕のときにあればよかったなーと思います。

だからやりたいんですけどね。
僕を突き動かしているのは「勿体ない」と
「よりよく(better)」の2つです。

さて、その先にも軽く触れておきます。

小・中では「出逢い」と「憧れ」
また高校は「アイデンティティ」と「突き詰め」

そうして高校を卒業した彼らは大学へ。

大学ではそれぞれのやりたいことや専門性を昇華させていけるような
各々の大学特有の教育プログラムを行っていく。

そうするとその大学にブランドがつく。
学力という一元的な評価軸にとらわれない大学選びができる。

そうするとより大学の意義、大学時間で過ごす時間の意味は増す。

そうして専門性を突き詰めた人間が
それと将来の仕事とマッチングさせ、
社会で活躍していく。

そこに自由さと強さとしなやかさは生まれ、
社会問題を解決していく力が生まれていく。

・・・ぼんやりかつ簡単にではあるけど
これが今僕の描いている青写真です。

ただこれらが絶対に必要で、これからの時代がこうなっていくことは
いろんな経験と実感、人の話や本の中で確実だと言えます。

そのために僕は今ホープを皮切りにまずネットワークを広げ、
教育ということの重要性をより多くの人に伝えながら
賛同者を増やしていっています。
地元でもお世話になった学校の先生や、教員志望の友達たちにも
この思想を伝え嬉しいことに賛同をたくさんもらっています。

どうやら彼らも今までに述べたことが問題点だと思っているようです。

教育に直接携わっている人たちだけではありません。
いろんな人と触れ合い、話していく中で新たな学びを得ながら
思想を広げ、人脈を築いていっています。

僕はこれが10年、20年後に実を結ぶと強く思っています。

教育もそうです。

企業がCSRの取り組みでやる大きな3つのカテゴリーは
「福祉」「教育」「環境」です。

しかし「環境」の取り組みが最近は盛んです。

他の2つは成果がすぐには見えにくいからです。

また「福祉」は莫大なお金がかかるし
また「教育」は莫大な時間がかかるからです。

そう、教育は特に時間がかかります。

現行の教育システムを改善しようとは言いましたが
それが深く根付いてる。
変えていくには甚大な時間も労力を要するでしょう。

そりゃそうですよね^^

それでも変えていくしかないんです。
前回のコラムでも書きましたがあらゆることがもうこのままでは限界。

それを変えていくのはいつの時代もやっぱり人。
そのために教育の在り方を今こそ見直し、というか時代を見越して
シフトチェンジし改革を起こしていくこと。

そのために今種を蒔いていくことが必要だと強く確信しています。
10年、20年後きっと身を結ぶと強く確信しています。

僕たちの生きる世界だから僕たちでしっかり変えていきたい。
人が今まで以上に鍵を握る時代だからこそ人に焦点を当てて
まず教育をしっかりさせていきたい。

以上、まとばの教育の在り方論でした^^

意思ある方からの素敵なメールお待ちしてます。

次回の「これから」最終号では教育のその先とまとばのこれから
という話をしていこうと思います。

お楽しみに☆

ではまた1ヶ月後。
素敵な日々をお過ごしください^^

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