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【第040号】人生の師

HOPE会員の皆様
お世話になっております。
コラムのあさきょんです。

今回は毎月23日恒例の「事務局員コラム」の日です♪

今回、コラムを書いてくれるのは
愛媛のがんばり屋、崎山拓です!

今回のコラムは、今までにないテイストのコラムのような気がしますね~^^

ぜひ最後までお付き合いください。

では、どうぞ!

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HOPE会員の皆様

こんにちは^^
理事の崎山拓と申します。

10年度理事、就任の挨拶は後日改めてさせて頂きます。
今日は、コラムを書きますね。
と言っても、僕は皆さんに何か偉そうにモノを言えるほどの人間じゃありません。
なので、僕が今感じていることのお話をしたいと思いますね。
タイトルなんかありません。皆さんが感じた事がタイトルです。

皆さんには、「人生の師」なるものは存在しますか?

僕はそんなものありえないと思っていました。
ただそこに縋(すが)り、自分の弱さが作り出した幻影に過ぎない、と。

もちろん21年間で人に迷惑はかけてきましたし、お世話になりました。
感謝もしています。
だけど、ある特定の人を想い続けるのは、人が人生の流れの中に生きている以上
不自然なことだと思っていたのです。

しかし、
そうではないことに気付かされたのです。

自分自身を人に見抜かれたくないから、
「僕」という存在の全てを知られたくないから、常にフィルタをかけ、
壁にぶち当たらない為だけのアンテナを張り巡らせていたのです。

つまり、
本当に弱い人間は、僕自身であり、
そこに気付きそうな人間を排除し続けてきていたのです。

しかし、そこに気付かせてくれたのは、一人の人でした。

僕の中で大きな矛盾が戦い始めます。

人が自分の中にズカズカ入ってくる気持ち悪さと
真正面から向かってきてくれる心地よさと

しばらく精神がちょっとおかしくなりました。
だって、僕の21年間の生き方が間違ってたと思ったから。

結局そこの答えは出ていません。
だけど、もがきながら生き続けるんだと思います。
それが「僕」なんだと思います。
今までの21年間が間違っていたのか、正解だったのか
それもよく分からないです。
だけど、それが「僕」だったのです。

要するに
今までも「僕」であったし、これからも「僕」なんです。
そこに気付く事が出来ました。
気付かされました。

「人」と向き合うことで「僕」が分かりました。
「人生の師」とはこのことを言うのかなと思いました。

ちょびっと偉そうなことを言うと
今の世の中って自分がなくても生きられると思うんです。
むしろそっちの方が楽なんですよね。
ぶつからなくていいから。
だから、本当の自分を置いていってしまう人が多いのかなと思います。

だけどやっぱり寂しいですよね。
自分を大切にする方法として間違っている気がします。

冒頭でも書いたように、僕は大した人間ではありません。
誰かの人生の師になれると思っていません。

だけど、僕は少しだけ気付けたから、
自身に正直になることの生きやすさ
自分を知ってくれている人が居る安心感

このことを伝えて行きたいと思っています。
そこで誰かが共感し、自分と向き合うきっかけとなったなら
そんときは、こっそり人生の師にしてほしいなぁ笑

さいごに、
コラムに書くことではないのですが、書かして下さい。

僕はやっぱり弱い人間です。
また逃げる時があると思います。
そんときは、いつものように石ころをほおり投げて下さい。
よろしくお願いします。

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