NPO法人 四国青年NGO HOPE

NEWS

HOME > コラム THE HOPE > 【第064号】自分らしい生き方のすすめ

【第064号】自分らしい生き方のすすめ

会員のみなさま、こんばんは!
コラム担当の内牧です。

アジサイが咲き始めましたね!
最近よく見る、白いアジサイ・・
ずっと雨で色落ちしたと思っていたのですが
なんと!そういう品種だったようです!予想外でした。

さて、今回のコラム、増刊号です!!
STEPを終えたということで
実行委員長の高橋詩乃さんに書いていただきました!

テーマは、『自分らしい生き方のすすめ』 です!

それでは、どうぞ!

===============================

会員のみなさま、こんにちは。
現HOPEの事務局員、
また第3回スキルアップ系合宿STEP(以下、STEP)の
実行委員長をしていた高橋詩乃です。
どうぞよろしくお願いします^^

STEP終了後、事務局員のコラム担当の方から、
「STEP終了後の想いをコラムに綴って下さい!」
という有難い申し出があった時、
私は快く「いいですよ」と返事をしたにも関わらず、
期限ぎりぎりに提出する羽目になってしまいました。(おい。笑)

締切日が近づくにつれ、
一体自分がみなさまに伝えられる事とは何なのだろうかという、
自問自答の日々が続いたことは言うまでもありません(笑)
コラム担当の内牧氏には多大なるご迷惑と心配をおかけしましたが、
ついにコラムが完成しました。
これが今の私に伝えられる全てだと思っています。

拙い文章ではありますが、
最後まで読んで頂けると幸いです。

冒頭でも述べたように、
私はSTEPの実行委員長をしていました。
ここではそこから学んだ事を
書いたらいいのだとは思いますが、
STEPは私にとって一つの達成したかった目標であり、
人生における貴重な通過点であったと思っています。

確かに、STEPを通して多くの事を学びました。
そこでの学びや気付きは今も自分の中にちゃんとあります。
しかし、私がみなさんに伝えたい事は、
そこから得た価値観や気付きではなく、
自分の人生を自分らしく生きる事の重要性なのだと、
コラムの内容を考えていて思ったのです。
(もしSTEPを通して得た気付きとは何かが
気になって下さる方がいらっしゃれば、
ぜひ個人的にお話しましょう^^)

題名にもあるように、「自分らしい生き方」とは、
私がSTEPを通して参加者に伝えたかった
自分自身の強い思いの一つでもあります。

今回は、この自分らしい生き方の重要性について述べる為に、
まずは私自身の人生を振り返っていきたいと思います。

何故私の人生を振り返る必要があるのか?
という疑問がみなさんの頭の中に浮かぶと思います。

当たり前ですよね。
その理由は、もちろん私が伝えたい事が
自分の人生の教訓から来ているからだ
という事は間違いないと思います。
良かったらどうか、最後までお付き合いください^^

以下の文章は大変長いですが、まとめますと、
このような二つの構成で成り立っています。

・衝撃的な出来事によって人は変わる
・人生の有限性を知るということ

それではさっそく、私の人生を振り返ってみたいと思います。

================================

人生にはターニングポイントとなる時期が
必ずと言っていいくらいに、人それぞれあると思います。
もちろん、私自身にもありました。

その最初のターニングポイントとなった時期は、
私が中学一年生の時でした。

私の家は生まれた時から
それほど裕福ではなかったのですが、
中学一年の春、食べられる物が家に何もない、米さえない、
というくらいに貧乏になった時期がありました。

その理由は、
私の父がギャンブル依存症で多大な借金を背負っていたからです。

しかしその事実を、
借金取りが家に来るまで気付かなかった私達家族は、
突然やってきたやくざなおじさんたちに怯え、震えました。

私にはこの時、二つ下の妹がいました。
その妹をちらりと見たら、
いつもは強気で人前では決して泣かない気丈な妹が、
声を殺して、歯を噛み締めて泣いていたのです。

私はその姿を見て、
私がこの子をなんとしてでも守らないと!
という強い意志に満ち溢れました。

が、しかし。
今でも覚えている位、相当な想いでそう思ったには関わらず、
私は結局、そんな出来事があっても、
その後何も変わる事はありませんでした。

寧ろ、自分の人生に絶望し、
死にたい、もう人生なんかどうでもいいと、
人生を諦めるようになってしまいました。
その頃の私がどのような子だったかは、
母のこの言葉が最も分かりやすいと思うので載せたいと思います。

「人間不信で社会不信、自分さえも信じれられない女の子」

本当に、その通りだったと思います。
そんな私が本当に変わり始めたのは、
更なる追い打ちをかけるような出来事が
自分の身に降りかかったからでした。

その出来事とは、私の父の死でした。

当時の私にとって、
この出来事は今でも忘れられない位の衝撃的なものでした。
その頃の私は自分から逃げてばかりいましたが、
この瞬間にどこか自分の価値観が
大きく変わった事に気付きました。

一つは、人生の有限性を身にしみて感じたことでした。
二つ目は、自分の人生をなんとかするのは自分しかいない、
ということでした。

そして、そこから自分の存在意義や、
自分の使命とは何かを問いかけ続ける日々が始まったのです。

================================

一先ず、私の昔話はこれでおしまいです。
ここからは、私が自分の人生の一部から学んだ事を
まとめていくことにします。

みなさんもご存じのように、人生は有限です。
しかし、その事実を本当に身に染みて感じている人は
少ないのではないでしょうか?

人はいつ死ぬか分かりません、
そしていつまで生きるのかを知っている人も、
きっとそんなに多くはないのでしょう。

だからこそ私は常に、
自分にこう言い聞かせるようにしています。

今のまま死んで、後悔しないのか?と。

また、私はこうも問い掛け続けています。

人が死に向かって生きているという事実を受け止め、
その時間に限りがあり、
何かしら成すべき使命を受けて生きているというのなら、
一体わたしがすべきこととはなんなのか?と。

そのどちらの答えも、私の中にきちんと存在します。
一つ目の答えは、否。
まだ成し遂げていない事が残っているので、私は死ねません。

そして二つ目の答え。
その答えの一つが、自分らしく生きるという事だったのです。

私にとっての自分らしく生きる事とは、
自分の事を知り、どんな自分も受け入れ、
また自分の望むままに自分を変化させていく事だと思います。

すごく分かりにくい文章だとは思いますが、
要は人生とは、有限であるからこそ、
自分の望むままに人生を生きる事が大切なのではないか、
ということです。

みなさん、想像してみて下さい。
自分の意志なく、みんなと同じ道を歩む自分の姿を。
それがたとえ自分の感情や思いに蓋をしてでも生きたい
と思う生き方なのでしょうか?

それよりも、
自分の望む人生を生きた方が幸せだと思いませんか?

その為には、その為の努力が必要。
ただ、そういう事なのだと思います。

どう感じるかは分かりませんが、
以上が私の伝えたかったことになります。

================================

余談になりますが、
私が昔話を話したもう一つの理由を説明したいと思います。

その理由とは、
私がたどってきた人生のプロセスを知って、
何かしら感じるものがあって欲しいと思ったからです。

何も感じる事がなかったという方も、
きっとたくさんいるのだと思います。

ただ、何事においても、
そのプロセスを知るという事はすごく大事な事だと思います。
その知識は自分の人生の幅、
そして選択肢をきっと広げてくれるはずだからです。

================================

最後になりましたが、
ここまで読んで下さったみなさま、
本当にありがとうございました。

もし良かったら、
感想なんかを聞かせて頂けるとすごくすごく嬉しいです^^

みなさまとどこかでお会いできるのを楽しみにしています。
それでは、今日も素敵な一日をお過ごしください^^

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です