NPO法人 四国青年NGO HOPE

NEWS

HOME > コラム THE HOPE > 【第067号】ヒトと人間

【第067号】ヒトと人間

会員のみなさま、こんにちは。
コラム担当の内牧です。

今週は台風のおかげ(?)で
4連休だった方も多いのではないでしょうか。
みなさま、充実した連休になりましたか?♪

今回のコラムは、高知大学総合人間自然科学研究科
博士課程1年生の和田快さんです!

テーマは  『 ヒトと人間 』  です。

それでは、どうぞ!

===============================

HOPE会員の皆様、こんにちは。
高知大学大学院博士課程1年の和田快です。
大学では人がより良く眠るにはどうしたらいいか、
ということについて研究しています。
HOPEでは情報部で部長をしています。

会員MLにも何度か登場させていただいていますので、
名前だけなら知っている!という方も
わりといらっしゃるかもしれませんね。

さて、今年も始まってすでに後半、7月になりました。
やっぱり、暑いですね。

「暑い」という言葉と
今年どうしても結びつくのが、
「節電」という言葉ですね。

エアコンって、よく考えたら凄いです。
自分の周りの空気の温度を変えようというのですから。
その発想、たいしたものです。

「節電」という言葉がこれほど世間で騒がれているのは、
もちろんあの原発の事故によるところです。

広瀬隆さんは6月10日号の『週刊朝日』内の、
「「原発全廃」でも電力不足は起きない!」で、
どの地域でも原発なしの電力(火力・水力・その他)で、
現在の最大電力需要に対応できる、と主張しています。

それに対して日経BP社のWEB雑誌『復興ニッポン』の中で、
富士常葉大学教授の山本隆三教授はこの主張に対して、
ミスリーディングだと述べています。
http://eco.nikkeibp.co.jp/article/report/20110704/106784/?P=1&ST=rebuild

冒頭、長くなってしまいましたが、
1今回のコラムでは私の最近の悩みを聞いてもらおうと思います。
一度文章にしてみたかったことですが、
十分整理しきれていない部分はご容赦ください。
上のことにも間接的に触れている…はずです。

テーマは「ヒトと人間」、
副題は〜全ての人に共通するゴールはあるか〜あたりで。

なんと仰々しいテーマでしょうね。やだやだ。

HOPEのイベントに行くとよく耳にする言葉が「価値観」ですね。
その中でも多用されるフレーズはこれでしょう。
「人にはそれぞれ違う価値観があって、、、」

価値観を「何に価値を置くのか」
もう少し砕いて「何を大事だと思っているか」とすると、
それが人間一人ひとり違う、と言われると、
なるほどそうか、と思います。

先に最近の私の悩みを言いますと、
「全ての人に共通するゴールはないのか」です。
何に向かって生きているのか、そこに共通項はないのか、
ということですね。

皆さんは以下の質問にどのように答えますか?

「地球温暖化はなぜ問題なのですか?」
「生物多様性はなぜ護らなければならないのですか?」

「原発はなぜいらないのですか?」
「原発はなぜいるのですか?」

「なぜ車にのって、クーラーをつけて、
深夜のコンビニでアイスを買って、
自動販売機でペットボトルのジュースを買って、
レストランで食べ物を残しながら
生きてはいけないのですか?」

私は常々「幸せに生きたい」と思っているのですが、
その幸せの定義は個人によって違うと言われます。
つまり自分にとっての幸せは他の人にとっての幸せではない、
かもしれない、ということです。

例えば上述の質問にある問題について、
個々人が目指すものが本当にバラバラなのであれば、
その合意形成は難しいと言わざるをえません。

私が考えたいのは本当にそうなのか、というところです。
誰にとってもいい状態は無いのか、と。

こういう話があります。
東京工業大学教授で動物生理学者の本川達雄氏が
『ゾウの時間ネズミの時間』や『生物学的文明論』の中で
述べていることですが、
心臓一拍の時間は体重の四分の一乗に比例する、
というのです。

つまりより体重の大きな動物は、より体重の小さな動物よりも、
心臓一拍の時間が長い、ということです。

この四分の一乗に比例するという関係は、
心臓一拍の長さだけでなく、
呼吸(肺の動く時間)、腸の蠕動運動、摂食から排泄までの時間、
更に懐胎期間や寿命の長さにまでもが
この法則に当てはまるようです。

この関係を別の角度から見ると、
一生の間に心臓は15億回打つ、それはネズミもゾウも同じである、
ということです。

こういう話もあります。
千葉大学環境健康フィールドセンター教授の宮崎良文氏は
『森林医学』『森林医学Ⅱ』の中で、
自然由来素材を見るだけ、触るだけで、
生理的指標にリラックス状態の徴候が現れると述べています。

森林の映像を見たり、木材を触るだけで
血圧が下がったり、唾液中のコルチゾール濃度が下がったりする、
というのです。

また、日本医科大学講師のLi Qing氏は2010年の
「Effect of forest bathing trips on human immune function」
という論文によって、森林浴をすると生理指標が
リラックス状態を示すだけでなく、
免疫機能も向上する、と示唆しています。
ガン細胞を殺すタンパク質が活性化するのです。

これらの話は生理人類学者で九州大学名誉教授の佐藤方彦著
『おはなし生活科学』のこの文章と背景の部分で繋がっています。

「人間が人間になって500万年の間に、
人間が生活していたのは自然環境でした。
人間の歴史の中で都市が出現したのはごく最近のことです。
人間の生理機能が皮膚も、鼻も、肺も心臓も全てが
自然環境のもとで進化し、自然環境用に作られてきました。」

人を「ヒト」という生物の一種として捉えなおしてみると、
やはり動物の進化の系譜の上にあるのだということがわかります。
ゾウやネズミといった生物と基本的な構造は変わらないんですね。

そして、その歴史の圧倒的に長い時間、
自然環境で過ごしてきたため、
ヒトにとってその環境が適しているということも頷けます。

だから生物として皆自然環境で過ごすのが良いに決まっている、
今すぐに野山で文明の利器は使わず暮らすべきだ、
と言いたいところですが、物事はそう単純ではありません。

先ほど生物はみんな15億回心臓がなると死ぬと言いました。
しかしヒトはそのころまだ41歳なんです。
やはりヒトは特別な動物なのでしょうか。

実は寿命が70歳、80歳となったのはごく最近のことで、
縄文時代の人々の寿命は31歳、室町時代で30歳代前半、
江戸時代でも40歳代だったようです
(『生物学的文明論』より)。

野生動物であれば、年老いて運動機能が衰えると、
それはすなわち死を意味します。
運動機能の低下した個体は当然捕食者に狙われやすくなりますし、
免疫機能が低下すると病気になりやすくもなります。

また、老いて生殖できない個体に食べ物を与えるということは、
現役世代の食糧を減らす、ということになります。
それほど食糧を大量に確保できることはないので、
通常そういう戦略は採られないのでしょう。

しかしヒトはその類まれなる知能で、
医学を発達させ、農業を発達させ、
家・都市というシェルターを作って、
寿命を長くしてきました。

ヒトは生存するために自然に手を加え、
隔離してきた、という見方もできます。

種として生存に有利な条件を作り出すというのは
生物として当然のことですが、
より自然の影響を受けないように、
恒常的な環境を作り出すことを良しとして、
そこに価値を見出してきたということです。
そういう意味では特別な動物「人間」とも言えそうです。

ただ、この「人間」の根っこには「ヒト」があり、
私はここに、冒頭の問い、「誰にとっても良い状態はないか?」
の答えを見いだしたいと思っているのです。

どれほど知能を発達させ、道具を作り出しても、
「ヒト」をやめることはできません。

現代の先進国と呼ばれる比較的GDPの高い国々では、
近年うつ病をはじめとする精神疾患が急増し、
つい先日(7月6日)日本では厚労省がこれまで
「四大疾患」として重点的に対策に取り組んできた
がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病に精神疾患を加え、
「五大疾患」とすると発表しました。

文明を発達させてくる中で、
生存にとって不利となる要因も生み出してしまったということです。
これはやはりどこか間違っているのだろうと思います。

まとめに入りましょう。

生物としての「ヒト」にとってのゴールは「生存」であるとみて、
まず問題はないと思っています。種としての生存です。
そして私は「人間」にとっての幸せは
「より多くの選択肢がある状態」であると思っています。

この一見して矛盾しそうな二つのゴールを
「人」は追っていくのですが、そこではやはり
「ヒト」のゴールがまずもって
目指されなければならないと思います。

「より良く生きるための選択肢」は、
「生存」の上に成り立っている。そう、思うのです。

地球温暖化、生物多様性、貧困問題、エネルギー問題、、、
これらの問題と対峙する際、
「ヒト」であるという共通項がもう少し意識されれば、
うまく合意形成できるんじゃないかなーという気がしています。

人にとっての共通項について、
みなさんは、どう思いますか?

あとがき

私は現段階で、原発反対です。
理由は原発はまだ技術として未完成だから。です。
原子力発電所がどれほど完璧な安全装置を持っていたとしても、
放射性廃棄物は止めどなく排出され続けます。

擁護論として、いつもこういう意見を耳にします。
「無かったら今の生活は維持できない」し、
「GDPも下がってしまう」と。

この論理こそが私が最も愚かしいと思う論理です。
GDPという経済の指標、今の生活水準、
そういったものが先に来ている。

日本では統計上年間3万人以上の人が自殺しているというのは
わりとよく知られている数字かと思いますが、
近年の特徴として、自殺者の総数では50代男性が最も多く、
年齢別の死因順位を見ると、22〜44歳では自殺が1位、
15〜19、45〜49歳で2位、10〜14、50〜59歳で3位となっています。
(内閣府平成23年版『自殺対策白書』より)

そしてその原因で最も多いのがうつ病なのですが、
このうつ病と切っても切り離せない関係にあるのが不眠症です。
つまり、不眠症→うつ病→自殺、というパターンが多いことが、
近年の自殺の特徴として言われています。

より良く生きるために生み出された環境が、
より良く生きられない環境となっている。
そういうことがこの例以外にも
わりとたくさんあると思います。

いつか地球はなくなる、という絶対的矛盾の中で、
より長く種を生きながらえさせるという「ヒト」としてのゴールは、
やっぱり無視しちゃだめだろう、と思います。

その理由は人は生物だから、
という答えじゃダメですかねー。

これからも、
ヒトと人間としてどう生きていくのか、
考え続けたいと思います。

長ったらしい文章を
最後まで読んでいただきありがとうございます。

ご意見、感想等頂けましたら幸いです。

それでは、また逢う日まで。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です