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【第115号】身近な行動を社会学でみてみると…?!

HOPE会員のみなさま、こんばんは^^

HOPE事務局
ML担当の竹田です。

今回の事務局員コラムは、
森貞由美による「身近な行動を社会学でみてみると…?!」です。

それではどうぞ!

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みなさんこんにちは。
今回コラムを担当させていただきます
四国青年NGO HOPE事務局員の森貞由美です。

本題の前に軽く自己紹介をさせていただきます。
私は松山大学人文学部社会学科に所属しています。
部活動で少林寺拳法をしたり、アルバイトで農業を勉強したりしています。

大学生活で何をすべきか。今の大学生に必要なものは何か。
そんなことも考えながら今回のコラムを書かせていただきました。

どうぞ最後までお付き合いください。

私は大学の専門が社会学なのですがよく
「社会学ってどんなことをするの?」と聞かれます。
せっかくなので今回のコラムでは、私たちの身近な行動を
社会学的に見てみましょう。

たとえば電車やエレベーターの中で私たちは
無意識のうちに他者と目を合わせないようにします。

この状況を説明すると、私たちは見知らぬ他者と一定の空間内に居合わせるとき、
相手に特別の関心を持っていないことを示す態度をとるということです。
無意識にそんな態度をとってしまう心理が働いているんですね。

これをアメリカの社会学者ゴフマンは「儀式的無関心」と提唱しました。

この理論が提唱された背景には経済成長にともなう「都市化」があります。
田舎から都市に人口が集中して、ある空間に窮屈なくらい
人が集まる状況があってはじめて成立した理論なのです。

日本でいうと高度経済成長期あたりです。
朝の通勤ラッシュの電車内でわざわざ他人をジロジロ見たりする人はいないですよね。
都市化に伴いプライバシーも生まれてきて、
それらの変化に伴い私たちは公的空間でのマナーを無意識に身に付けてきたのです。

近頃この「儀礼的無関心」は形を変えてきています。
私は携帯電話を用いないと儀礼的無関心を装えない人が多いな、と感じています。

あなたは公的空間に身を置くことが苦手になりつつありませんか?

たとえば電車内で携帯電話も触らず、何もせず、ぼーっとするという状況に
何分耐えられますか。
ちなみに私は15分が限界でした。

何もしない「手持ちぶさた感」が苦手な人は多いのではないでしょうか。
カフェで友達が席を立ったとき携帯電話を確認する人もよく見かけます。
イヤフォンで音楽を聴きながら歩いている人もよく見かけます。
これらは公的空間の中、自分の世界に閉じこもることで
「儀礼的無関心」を装っている人の例です。

Twitter、LINE、facebookが流行るのもスマートフォンなどで簡単に利用できることから、
「手持ちぶさた感」を解消するツールになりえるからかもしれません。

私は特にスマートフォンのアプリゲームがその最たるツールなのではと思っています。
最近、CMでもよくやっていますよね。もしゲームを流行らせた人が
ターゲットを通勤中の社会人などに絞っていたらそれこそたいしたものです。
この仮説はゲームをしている人にゲームをする時間帯や状況を
社会調査すれば立証することも可能かもしれません。
社会学ではそうやって理論をつくっていくのだと思います。

社会学は意外と私たちの実生活に潜んでいる学問なのです。
身近な自分の行動、感覚も学問に落とし込んでみると面白いですね。

また、私たちが当たり前だと思っている感覚は
時代の変化によってごく最近養われたものかもしれません。
学問は今の時代にいるからこそ気づけないものを気づかせてくれたりもします。
時代、社会の過ちを正せるヒントは学問にあるとさえ思えてきます。

学問に“当たり前“はありません。とんでもなく些細なことに学びはあるものです。
HOPEの活動ももちろん楽しいけれど、大学での勉強も捨てたもんじゃないですよ。

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