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【第116号】カテゴリー

HOPE会員のみなさま、こんばんは^^

HOPE事務局
ML担当の竹田です。

今回の社会人コラムは、
高橋悠子による「カテゴリー」です。

それではどうぞ!

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会員の皆様、こんにちは。
今回のコラムを担当するHOPEの事務局員の高橋悠子です。
HOPEに関わり始めて5年以上になりますので、
ご存知の方も多いかと思います。
(昨年結婚し、名字が永井から高橋にかわりました。)
実はコラムを書くのは2回目です。
(前回コラムは以下のURLから見ていただけます。
http://shikokuhope.web.fc2.com/column/hope_column_54.html)

前回書いたころはまだ看護学生だった私ですが、無事助産師となり、
現在は愛媛県松山市の病院で助産師として働いております。
趣味はカフェトーク、旅行、写真撮影、サイクリング、アロマテラピーなどです。

自己紹介はこのへんにして、さっそくコラムに入りたいと思います。

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さて、先ほどの自己紹介を読んで、
みなさんは私に対してどのようなイメージを持ちましたか?

イメージの判断材料となるものがいくつかあったと思います。
趣味はもちろんのこと、
「HOPE事務局員」「社会人」「助産師」「愛媛県民」など
いろいろな肩書が挙がっていました。

これは私だけでなく、どの人にも共通していることだと思います。
つまり、私たち一人ひとりが様々な肩書をもっており、
様々なカテゴリーにあてはめられます。

今回のコラムではそんな「カテゴリー」について書きたいと思います。

医療の現場で最も一般的なものは「患者」というカテゴリーです。
病院に来ている人や入院している人には様々な人がいます。
その人々をひとまとめにすると「患者」というカテゴリーにあてはめられます。

看護学において有名な人にジョイス・トラベルビーという人がいるのですが、
トラベルビーは、自著「人間対人間の看護」という本の中で、
この「患者」という概念を以下のように記しています。

「『患者』という用語は、ひとつのレッテルでありカテゴリーである。
またそれはステレオタイプでもあろう。(中略)
人びとをカテゴリーにまとめるという一般的な傾向がある。
そのとき、人は、個人にたいするかわりに、
カテゴリーに反応するのである。」

例えば、糖尿病の高橋さんという人と永井さんという人がいたとします。
高橋さんと永井さんは全くの別人で、生活背景も性格も、何もかも違います。
でも二人が「糖尿病患者」というカテゴリーにいれられると、
二人の違い・個別性はどうしても見落とされがちになるということです。

それを踏まえて、トラベルビーは、「患者」というカテゴリーに人々をまとめ、
それぞれを「個人」として見ないことはあってはいけないとし、
「実際には、患者は存在しない。たしかに必要な援助ができるような、
他人からのケア・サービス・援助をもとめているところの、
個人としての人びとがいるだけである。」と述べています。

私はトラベルビーの理論を、仕事をする上でとても大切にしているのですが、
それ以外の場面でも忘れずに心に留めています。

その一つが自分の興味分野である国際協力の場面です。

国際協力関連のイベントに参加した時によく耳にする言葉に
「途上国」という言葉があります。
私はあまりこの言葉が好きではありません。
この言葉を用いてどこかの国について話す時、
どうしても「貧しい」とか「かわいそう」などのイメージを抱く人が多く、
そのような方向にしか話がすすまない傾向があるからです。

「途上国」と呼ばれる国にも、様々な素敵なところがあると思います。
大学時代、カンボジアやザンビア、南アフリカなど、
一般に「途上国」と呼ばれる国に行きましたが、
自然・文化・人間性・料理などなど、
本当にたくさんの、人を惹きつける魅力がありました。
「あ、ここ住めるなぁ。住んでみたいなぁ。」と思ったりもしました。

でもこの魅力を見つけるには、一つ大切なステップがあると思うのです。

それが、トラベルビーが述べているような、個別性を見失ってしまう「カテゴリー」から、
その国を取り出すことだと思っています。

「途上国」というカテゴリーからその国を取り出し、
真っ白な気持ちでその国と向き合って初めて、
その国の本当の姿が見えてくるのではないかと思います。

そして、もっと言えば、「国」というカテゴリーから人々を取り出せば、
現地の人の本当の姿が初めて見えてくるのではないかとも思います。

よく「○○人はこう」と言われることがありますが、
何百・何千もの人がいるのに、ひとくくりに形容できるわけがないですよね。
似ている部分はあっても、同じであることはあり得ません。

私の母親は大阪在住なので、いわゆる「大阪のおばちゃん」に該当します。
確かに飴ちゃんは持ち歩いているし、知り合いに配ったりはしてますが、
豹ガラの服は絶対着ませんし、髪も紫でもなければパーマでもありません。
ボケもツッコミも正直あんまりうまくありません。

「大阪のおばちゃん」というカテゴリーでは
上記のような見た目に対する形容が多いですが、
内面に対する形容が多く、かつネガティブな印象を与えやすいカテゴリーの一つに
「最近の若者」があると思います。

「最近の若者は挨拶ができない」「物事をしっかり考えていない」など
よく言われますが、そういう発言をされている人ほど
若い世代と交流を持っていなかったり、
交流を持っていても、「カテゴリーに反応」していたりします。

でも、HOPEをはじめ様々な活動をしていく中で、
様々な「最近の若者」と関わってきましたが、
すごく誠実な人、社会問題と真剣に向き合っている人、人をとても大切にできる人
たくさんの知識を持っていて、広い視野で物事を考えられる人…
挙げ出せばきりがないほど、多種多様の魅力を持った人たちがたくさんいました。
カテゴリーから得た先入観を捨て、年齢など気にせず関われば、
「最近の若者」より多く生きてきても得られなかったものを得られるのに…
と、もったいなく思います。

「カテゴリー」に縛られてしまうと見失ってしまう
一人ひとりの個別性や魅力は確実に存在します。

一人ひとりの人にあてはめているたくさんの「カテゴリー」をなくして、
その人と向き合うようになれば、
もっとたくさんのものが見えてきたり、
今難しいとされている問題を解決する糸口が見えたりするのかなぁと思っています。

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さて、今回のコラムはいかがでしたでしょうか?
様々な物事と向き合う時、
人と人とが関わる時、
いろんな「カテゴリー」が存在し、
私たちの脳内に先入観を作り上げることがあります。
ぜひ一度「カテゴリー」から取り出して、
人や物事と向き合ってみてほしいと思います。

その時に見える姿が、その人や物事の本当の姿ではないでしょうか。
そしてその本当の姿の先に、見失ってはいけない大切なものがあるように思います。

以上で今回のコラムを終わります。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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