NPO法人 四国青年NGO HOPE

NEWS

HOME > コラム THE HOPE > 【第117号】大切なものを大切にする

【第117号】大切なものを大切にする

HOPE会員のみなさま,こんにちは^^

梅雨の晴れ間に見舞われたこの休日をいかがお過ごしでしょうか?
HOPE事務局,ML担当の竹田です.

今回の事務局員コラムは,
松久和範による「大切なものを大切にする」です.

それではどうぞ!

———–

みなさん、こんにちは。
僕は、松山大学人文学部英語英米文学科4年生の松久和範です。
愛媛県松山市森松町にて生まれ育ちました。今も実家で父と母の3人で暮らしています。

突然ですが、みなさんが大切にしているものってなんですか?
僕が今年、大切にしていきたいと思っているのは、“家族”“自分と向き合うこと”です。

まず“家族”について書きたいと思います。

僕の父は、昨年度をもって40年以上勤めた会社を退職しました。
僕は、現在1年間休学をしているのですが、父の退職の話を聞いたのが、昨年度の3月。
休学することを母親に伝えたときに知りました。

「休学はしないではやく卒業して欲しい」と言われました。
僕は、そのときけっこう衝撃をうけました。
ここ数年、あまり父親の体調がよくないことは知っていたし、
年齢的にもいい歳ですので、いつ仕事を辞めてもおかしくはありませんでした。
それでも現実として父が仕事を辞めると聞くと、少なからずショックをうけました。

ショックをうけたし、悩んだりもしましたが、結果は前述の通り、
親の反対を押し切り1年間休学をしました。

僕は、ひとりっ子です。
こどもがなかなかできず年齢的にもギリギリのところで生まれたのが僕です。
なので、親からはかなり大事に、溺愛されて育てられました。
僕と接したことがある方は、僕の立ちふるまいや言動に、
その影響を感じ取っている方もいるのではないでしょうか。
よく天然と言われます(笑)

僕は、かなり親にも迷惑をかけて好き勝手に人生を送ってきたと思います。
振り返れば、自分のことだけしか考えずに、
やりたいことをやらしてもらっているなと感じています。

しかし、今年父が退職したことで、両親も正直、若くない。
いつなにがあってもおかしくない。
今までの僕は、本当にたくさんのことを与えてもらってばかりで、
親に対して何も返せれてないし、何もしてあげられてないと感じました。

僕は、今まで自分のやりたいことが見つからないという
焦りみたいなものを常にどこかで感じつつ、
とにかく新しい出会いや経験を求めていろいろなイベントに参加したりするなどしていました。
しかし、今年度は前述の通り、いろいろなことが起こり、家族や自分のことなどの身近なこと。
自分の足元を見つめなおす1年にしようと決めました。

ここで、父に関するエピソードをひとつ。
そもそも僕の休学の目的は、語学の習得で、具体的にいえば語学留学をすることです。
なので、春から資金稼ぎのためにゴルフのキャディのアルバイトを始めました。

そのアルバイト先で、僕の父親と同期入社の同僚の方に出会いました。

まったくの偶然でした。

最初に自己紹介をしたときに、松久という名字が珍しいので、すぐわかったそうです。
その方は、赤ちゃんの頃の僕を見たことがあると言っていました(笑)

人生とは本当に不思議ですね。
その方は父と本当に仲が良く、ゴルフも一緒に始めたし、
一緒に飲みに行くことも多々あったそうです。
そして、「キミのお父さんはお酒が強くてな~。アイツはよくしゃべるやろう!?」
と僕の知らない父親の一面を話してくれました。
口下手で不器用なのが、僕の父に対する印象でした。

今まで知らなかった父の一面を知ることができて、驚きとともにとても新鮮で、
嬉しい気持ちになりました。

僕の父親は、たしかに話をするのが好きそうな感じはありましたが、
話が決して面白いほうではないので、今まで父親が話しかけてくれても反応が薄かったり、
対応するのに面倒くささを感じていました。
だから、僕と父の間ではあまり会話をする機会はありませんでした。

今回のことは、決して偶然でないと思っています。

セレンディ・ピティ(偶然的な必然)ということばを知っている方もいると思います。
意味としては…例えば、ユーミンの歌に、目にうつるすべてのことは メッセージ~♪
という歌詞がありますよね。そんな感じでしょうか(笑)

僕は、目にうつらないこと、なにか物事が起きることにもメッセージがあるのだと考えています。

父が退職した年に、新しく始めたアルバイト先で父の同僚に出会う。
この時に、僕は今年は父と向きあう一年かなと感じました。

そして、父の誕生日に人生で初めて、プレゼントを渡しました。愛媛の地酒を渡しました。

父は“ありがとう”と言ってくれました。
僕は、お酒を渡したときの父の嬉しそうにはにかんだような表情を見て泣きそうになりました。

“こちらこそ今まで、僕のために働いてくれてありがとう!”
と言いたかったのですが、恥ずかしいのと泣きそうなのと両方でその想いは言えませんでした。

しかし、人生で初めて父にプレゼントを送る。
その行為に、ありがとうの感謝の気持ちを込めたつもりです。
ことばにはできなかったけど、きっと父にも僕の想いは伝わったと信じています。

プレゼントを渡してから、父とは少しずつですけど、会話が増えました。
まだお互いぎこちない感じ、恥ずかしさもありつつ会話しています。

この恥ずかしさは悪くないと感じています(笑)

元気と勇気と感謝は使えば使うほど大きくなる。
そう信じています。これからも自分の大切な人には、
ちゃんとことばで態度で自分の気持を伝えていきたいと思っています。

簡単そうに思えて難しいこと。
難しそうに思えてやってみると簡単こと。

少しずつ。少しずつ。
無理はせずに自然体で、できることをやっていきたいな~、という感じです(笑)

次に“自分と向きあうこと”について。

今年、僕は言語化というのを意識しています。
言語化とはどういうことか。例えば、今までの僕がよく使っていたことばに、
“出会い”“つながり”“感謝”があります。そのことばを、より掘り下げて明確化するのです。

例えば、

・“出会い”とは自分にとってなんだろうか?
う~ん、新しい人に出会って、新しい考えや価値観に触れて、自分の視野を広げていくこと。
自分の可能性が広がっていくこと!

・自分にとって“つながり”とはなんだろう?
物理的な距離が離れていても、アイツが頑張っているから俺も頑張ろうと思える心の支え。

・自分にとって“感謝”とはどういうことだろう?
やっぱり相手にちゃんとことばや態度にして伝えること。

この例えでは不十分かもしれませんが。(笑)
このように自分が何気なく使っていることばをより具体的に言語化すること、
つまり“自分のことばで定義づけること”で自分と深く向き合えることができると思うのです。

この作業は深く掘り下げていくと、なかなか終わりが見えません。
正直、僕はB型でテキトーなところがあるので、この作業はしんどいです(笑)

しかし、本当に自分と深く向き合おうとすれば、それは当然のことかもしれません。
自分に問い続けて、しんどくなって。
それでも問い続けたその先に見えてきたものこそ、本当に自分が大切なものだと思うのです。

僕は、言語化を通じて自分と向き合おうとしています。
その過程では、「自分の生きている意味はなんだろうか」
といったところまで悩みが広がることもあります。

当然、簡単に答えはでません。
正直、死ぬまでに答えがみつかるのだろうか。と感じることもあります。

けど、それでいいのだと思います。
僕は、自分と向き合って、答えがでるまでには、
数年、数十年はかかるのではないかと思います。
そう捉えた方が悩むこと、自分と向き合うことに対して楽になります。
簡単に答えが出なくて当たり前。

「自己分析をしました」「自分と向き合いました」だから答えが見つかりました。
そんな簡単にはいきませんよね。
そんな簡単にみつかる答えなんて薄っぺらいし、弱いものだと思います。

本気で考え抜いて。本気で悩み抜いて。
本気でいろいろな経験をして。

その先に見えるものを大切にできたらきっと素敵な人生を送れるのだと信じています。

今回のコラムでは、現在の自分が考えていること、
感じていることを好き勝手に書かせてもらいました。
もし、今回のコラムを読んで共感してもらえたり、何かを感じてもらえたら、とても嬉しいです。

僕も現在、良い感じに悩んでいます。
試行錯誤の日々です。
けど、それも悪くないと思っています。
みなさん、ひとりひとりが大切な人やものを大切にする。
それができたら、世界は本当に素晴らしいものになるのではないでしょうか。
最後に、この長い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。
またどこかでお会いできる機会を楽しみにしています。

P.S.今回のコラムを書くときに読み返したものや僕の考え、
価値観を形成しているだろうと思えるものの一部の本をここに記しておきます。
参考図書、『悩む力』(姜尚中)
『幸福論』(須藤元気)
『人間というもの』(司馬遼太郎)
『大河の一滴』(五木寛之)

———-

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です