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【第125号】単位と大学

空気が肌寒く感じられるようになってきました。
自動販売機にもそろそろ、暖かい飲み物が欲しいなと思う今日この頃です。

HOPE会員のみなさま、こんにちは。
HOPE事務局 ML担当の竹田です。

少々遅れました、すみません。
今回は事務局員コラム、鈴木慶による『単位と大学』です。

それではどうぞ!

———————–

どうも、事業部長をやらせていただいています、鈴木慶です!

さてさて、事務局員になってだいぶ経ちますが、実ははじめてのコラムとなります。
何を書いたらいいのかずいぶん迷いましたが、ズバリ、今回のテーマは「単位と大学」とします。

先日行われた事務局MTにて、
「けいくんって意外に単位取ってるんだね。」や「まじめに学校いってるんだね。」
といったお言葉をいただきました。

僕は自分ではまじめな方の人間だと思ってるのでこれらの言葉には驚かされました。
実はそうなんですねー、単位はしっかり取ってます。

大学に通っていて、よく耳にする言葉があります。
「つまらない授業ばかりでおもんない」とか、「大学なんて行く意味ない」とか。

もちろん、考え方は人それぞれでそう思う人がいても仕方がないとは思います。

しかし、根本的に思うのは、要は自分なんだと思います。
自分がどう面白く授業を聞くか、どうおもしろく大学の意義を見出すか。

正直言えば、僕もこれまでとってきた授業がすべて面白かったわけではありません。
おもんねー、とおもう授業も何個も履修し、ギリギリまで休んだりもしました。

しかし、そんな“おもんない”授業の中でも、たった一回のコマでもおもしろいと感じる部分
(90分のうちのたった10分間であっても)があればそれは意味があったのだと感じます。

たとえば、美術館に行ったとき。
全部の絵を好きになることがあるでしょうか。

実際は特に気に入る絵なんてそんなにないと思います。
しかし、お金を払って美術館に行き、有意義だった、と感じるでしょう。

「学ぶことの楽しさを学ぶため」
僕は大学に行く理由をこうだと思います。

高校のときは、なんとか楽しさを見出しつつも、
どこか押し付けられているような思いを抱き勉学に励んできました。

それが、大学ではどうでしょうか。
押し付けられるどころか、自ら選択して学ぶことに…

自分の好きなことを学んでいくうちに勉強が楽しくなり、貪欲になり、
「もっと学んでおけばよかった。そしたらいま、もっと視野が広くもて、選択肢も増えただろうに!」
と思うこともあるでしょう。

それが親が子供に「勉強しなさい!」
という本当の意味ではないでしょうか。

僕は大学に来て、漠然と「当然、海外に留学に行くんだろうな」と思っていました。
しかし、高知という土地は不思議なもので、まるで兵庫とは別世界でした。

自分が生きてきた川西市はなんともちっぽけなもので、
そしてそれが僕の世界だったと気づかされました。

大学四年間を高知と周辺県の見聞を広げるために過ごそう。そう決めました。

高知に来ることですら、思えば「留学」であるわけですから、自分としては当然の判断でした。
そうして、僕は大学というコミュニティーでとどまり普通に暮らしているうちに
学ぶことの楽しさを学んでいきました。

ともあれ、僕はこのような感情を持って大学に通っています。

大学生だからできること、それは大学に通うことに他ならないのではないでしょうか。
また、これはあくまでも僕の見解で、「いや、それは違う!」という方もいるかもしれません。

しかしながら自分が大学に来ていて、
大学というコミュニティーという場にいるといった自覚は持っていてほしいと思います。

個々人はそのコミュニティーで重要なパーツの一つ一つだとおもいます。
その自分の役割を大事にして大学生活を送りたいですね(*^^)v

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